東京高等裁判所 昭和30年(行ナ)51号 判決
右当事者間に争のない事実と各その成立に争のない甲第一号証(本件特許出願公告公報)及び甲第二号証(特許第一四二〇二一号特許明細書)とによると、本件特許出願にかゝる発明の要旨及び審決の引用にかゝる特許明細書の記載は、それぞれ次のようなものであることが認められる。
(一) 本件出願にかゝる発明の要旨は、「酸化第一鉄を結晶性固溶体として含有している少くとも一〇%のペリクレース相と、主としてCr2O3、Al2O3、MgO及びFeOより成る尖晶石相と珪質マトリツクスの少量とを含有し、分析上一二ないし五〇%のCr2O3と五ないし二五%のAl2O3と二五ないし七八%のMgOと、五ないし二五%のFeOとを含有する熱鋳造耐火物」である。(明細書中には「………少くとも一〇%の酸化第一鉄………」と記載してあるが、右の一〇%の記載は、上記認定のように、酸化第一鉄の量ではなく、ペリクレース相の量を指すものと解するのを相当とすることは、原告の主張三の(三)に徴しても明白である。
(二) 引用にかゝる特許明細書(昭和十五年十一月十二日公告)記載の発明の要旨は、「貧クロム鉄鉱原料に所要量の苦土を添加し、これを電融してクロム、スピネルを含有せしめたフオルステライト質上層部と酸化クロム含有量高きクロム、スピネル質下層部とに分別せしめ、これらの一方又は両者を分離鋳造することを特徴とする電融耐火物の製造法」であり、その性質は、「酸化クロムの含有率低く従来「クロム」煉瓦原料に供することができなかつた貧原鉱にその化学成分に応じ、計算所要量ないし稍過剰のマグネシアを添加配合したものを、電孤炉において完全熔融せしめ、該熔融岩漿の上層部及び下層部を分別流出せしめることにより、クロムスピネルを含有し繊維状ないし柱状結晶を呈するフオルステライト質鋳塊とマグネシユウムクロメート及びアルミネート質鋳塊とを分離鋳造することを特徴とする電融耐火物の製造法にかゝり、その目的とするところは、貧クロム原鉱を原料として使用し、これよりクロムを還元分離することなく、酸化クロムの含有率の高いクロムマグネシア系電融耐火物を得るとともに、純粋なフオルステライト鋳造物と結晶組織を異にし高温において軟化変形することのないフオルステライト質電融耐火物を容易に製造する」にあり、実施例に示されている原鉱とクロムスピネル鋳塊及びフオルステライト質鋳塊の組成(数字は%)は次のとおりである。
<省略>
また右クロムスピネル鋳塊の組成は、スピネル七七%、フオルステライト一六%、ペリクレース七%である。
右認定にかゝる本件特許出願にかゝる熱鋳造耐火物と引用明細書に記載された電融耐火物について比較するに、先ず原告代理人は後者は原鉱を煆焼することを必須要件とし、この煆焼により原鉱中に含まれている鉄分はすべて酸化第二鉄Fe2O3の形に変化させるのに対して、前者においては鉄分はFeOの形において存在すると主張する。
右甲第二号証(引用明細書)中「発明の詳細なる説明」の項には「(前略)即チ蛇紋岩質又ハ橄欖岩質貧クロム原鉱ノ煆焼物ノ化学成分ニ対シ(中略)苦土ヲ「マグネサイトクリンカー」トシテ添加セル調合物ヲ(中略)完全に熔融セシム」と記載し、一応原告代理人の主張を認めしめるような記載があるが、鑑定人若林滋、同山内俊吉の鑑定の結果に徴すれば、ここにいう「煆焼」は、原鉱に含まれる水分を別な方法で前処理して脱水することをいい、原鉱の成分たとえば鉄分の形を変えるために行うものではないと解するを相当とする。
なお原告代理人は右明細書実施例に示された分析表によればクロム原鉱の鉄分はすべて酸化第二鉄の形で存在することを指摘するが、鑑定人若林滋の鑑定の結果によれば「日本の窯業技術界では古くから原料及び製品中に含まれている酸化鉄は、化学成分分析表ではすべてFe2O3で計算され報告する慣例になつている」ことが認められるから、右分析表の記載も前記判断を左右するに足りるものではない。そして鑑定人山内俊吉の鑑定の結果によれば、引用特許明細書に例示された原鉱石を煆焼したとしても、原鉱石中のFeOの一部はFe2O3に代るが、なおFeOとして残存するものもあり、完全にFe2O3に変化するものでないことが認められ、一方本件発明明細書(甲第一号証)によれば、本件発明において使用する原鉱は、「普通に入手可能な材料すなわち市販のクロム鉱及び市販の煆焼したマグネサイトを使用して所望の組成を確保」しようとするものであつて、かかるクロム鉱中の鉄分は一般にはFeO及びFe2O3の両者の形において含まれていることが、その成立に争のない甲第四号証によつて認められるから、このようなクロム鉱を原料として作られた耐火物にも当然にFeO及びFe2O3が存在するものと解するを相当とする。してみれば引用明細書における鉄分はすべてFe2O3の形において存在するにかゝわらず、本件発明においてはFeOの形において存在し、両者は相違する旨の原告の主張はこれを採用することができない。この点について原告代理人は、引用特許の発明者吉木文平の報告書(甲第七号証の一、二)に記載された電融クロムマグネシア耐火物の製造方法が「蛇紋岩質低品位クロム鉄鉱を煆焼後電融する」ものなることを指摘して、引用特許明細書に記載されたところのものは、原鉱を煆焼し、これに含まれる鉄分をすべてFe2O3とすることを必須要件としている旨主張するが、右報告書に記載された煆焼の意義も先に引用明細書に記載された煆焼と同一の意義を有するものと解するを相当とするから、右報告書の記載を以ては、前記認定を覆すことができない。
次に両者の組成についてみるに、その組成は前に二において認定したとおりであつて、両者は「多量のスピネル相、ペリクレース相及び珪酸質相から成るクロム、マグネシア系鋳造耐火物」として類似の組成を有するものであり、その成分割合についてみても酸化鉄が、本件出願にかゝる発明においては酸化第一鉄とし、引用明細書記載のものは酸化第二鉄として示されている以外は互に共通した成分割合を有する。(ペリクレース相について、引用明細書記載のものは実施例として七%のものが示されており、一方本件発明においては、先に認定したように一〇%以上とされている。しかしながら甲第二号証における先にも引用した「即チ蛇紋岩質又ハ橄欖岩質貧クロム原鉱ノ煆焼物ノ化学成分ニ対シ(中略)苦土ヲ「マグネサイトクリンカー」トシテ添加セル調合物ヲ(中略)完全ニ熔融セシム」との記載によれば、引用特許明細書のペリクレース量は、原料配合物の組成等に応じ変動するものであり、一方甲第一号証中第三頁左欄第一、二行における「熔融せられた材料の化学的組成のみが重要なことである」との記載に徴すれば、ペリクレース相におけるこの程度の差異によつて両耐火物が異質的なものになるとは解されない。)
そして右相違の点についてみても、引用明細書記載のものにおいても、原鉱石中にFeOが含まれていることは、鑑定人若林滋、同山内俊吉の鑑定の結果により明白であり、これを引用明細書に示した煆焼をなすも、その全部がFe2O3に変るものでないことは先に述べたとおりであるから、引用明細書記載のものゝスピネル相には当然酸化第一鉄も存在すると解さなければならない。
一方本件発明の耐火物においてもスピネル相を構成する鉄分のすべてがFeOばかりでなく、Fe2O3も幾分含まれておると解すべきことは、先に三において認定したところであり、しかもこのようなスピネル相中の鉄分がFeOを主とするものであつても、或いはまたFe2O3が多いものであつても、これがため両耐火物の性能に著るしい差異を生ずるものとは解されない。(現に本件発明においてもFeOの全量が五%の如く少くない場合もある。)
次に本件発明のペリクレース相にはFeOを含むことが示され、一方引用明細書においては、ペリクレース相の鉄分については別段説明していないが、後者のペリクレース相が純粋なMgOだけであるとは解されず、当然スピネル相におけると同様FeOを含むものと解するを相当とする。
原告代理人は引用明細書記載の製品において鉄分がFeOの形で存在すれば、FeOは珪酸質層に入り、フオルステライトは生成されずオリビンが生成される筈であると主張するが、前に認定したように引用明細書記載のものにおいて、原料中の酸化第一鉄はスピネル相にも入り、また一部はペリクレース相にも入るものと認められるばかりでなく、本件発明の明細書(甲第一号証)の「発明の詳細なる説明」における「上例中に明示された比較的SiO2の低きものにても、該SiO2の一部分は結晶となることが出来て、第三相としての苦土橄欖石を形成することが判明した。」との記載(第四頁左欄第四行以下第七行)に徴すれば、「鉄分が、FeOの形で存在すればフオルステライトは生成されない。」との原告の主張は首肯しがたく、従つて右代理人の主張も前記認定を覆すに足らない。
最後に原鉱についてみるに、引用明細書記載のものは、酸化クロム含有率十数%以下の貧クロム鉄鉱を原料とするもので、原鉱中に多量の珪酸分が含まれておるのに対し、本件発明の耐火物はクロム分のより多いクロム鉄鉱を原料としている。しかしながら前者にあつては、この珪酸分をフオルステライト質鋳塊として分離し、クロム分の多いクロムスピネル質鋳塊を分離するものであるから、スピネル質耐火物中に含有される珪酸分は両者にあつて著るしく相違するものとは解されない。
更に引用明細書中に示された原鉱中の鉄分Fe2O3は、慣行の分析表示法によつたもので、鉄分としてはFeOも相当含まれているものと認むべきことは先に三において述べたところである。
してみれば原鉱の組成における相違も製品の組成の上には顕著な相違を来すものでなく、両者は類似の耐火物といわなければならない。
以上述べたとおり、本件出願にかゝる耐火物と引用明細書記載のそれとは、組成、成分割合等に幾分の差異はあつても、両者は異質のものとは認められず、ことに後者は原告代理人主張のように原鉱を煆焼してその鉄分FeOをFe2O3とすることを必須要件とするものでないから、本件発明は畢竟引用明細書によつて開示されている公知事実から、格別の発明力を要せずなし得るものと解するを相当とし、特許法第一条の新規な工業的発明を構成しないものといわなければならない。すなわちこれと同趣旨に出でた審決は適法であつて、その取消を求める原告の本訴請求は失当である。